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歴代愛犬のプロフィール |
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一姫(チコ) −1973(昭和48)年10月9日〜1986(昭和61)年4月19日− 卑弥呼の子ども。私と同い年である。ふだんは『チコ』と呼ばれていたが、正確には『一姫』という名前だったらしい。この犬は、ほかの犬たちのいる家の、隣の家で飼われていた。当時飼い主の家は並んで2軒あり、その2軒目のほうで飼われていたのだったが、1軒目の家にいる他の犬たちに対してかなり攻撃的な面があった。散歩の時は恐ろしく力が強く、小学生の時の私は相当引っ張られて、付いて行くのに必死であった。私が幼稚園の頃、一度、家から飛び出してしまったチコを探し当て、つかまえた事もある。ふだんは気も強く、体も他の犬と比べるとやや大柄だったが、大きな音には極端に弱く、雷や花火の音にはすごく怖がり、ガタガタ振るえていた。12歳になった直後のある日、急に激しくおう吐し、獣医に診てもらったところ、ガンになっている事が判明した。犬でもガンになると知ったのは、この時であった。その後は急激に痩せ、顔もすっかり白くなって、卑弥呼よりも老けて見えるようになってしまった。それでもよく散歩にも行き、それなりに食欲もあったのであるが、1986年4月12日に私は父の転勤で中国に行き、その1週間後、ついに逝った。亡くなった事は、飼い主からの手紙で知る事となった。 →『チコの最後の計らい』も、どうぞお読み下さい。 |
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クル −1975(昭和50)年6月8日〜1990(平成2)年2月6日− 同じく卑弥呼の子どもで、歴代の犬の中で、最も美人(美犬)と言われていた犬。生れ付き後ろ足が曲がったままで普通に立つことが出来ず、『クル病』と診断された。クルという名前は単純にその病名からそのまま取ったものだが、この犬は人が来て喜んだ時に、まるで自分の尻尾を追いかけるようにクルクル回転するクセがあり、私はてっきりそのクセから取った名前だと思っていた。生涯自分1匹だけという環境で過ごしたことが無く、常に競争相手がいたことから、気も強く、知恵も働いて、自分に注目してもらうための『策略』を考えるのも上手かったという。このあたりは、人間と同じだなぁと感じた。後ろ足が悪くても、短区間ながら最後まで散歩にも行っていたし、元気よく走り回っていた。私が物心ついた時点で傍にいた犬の中では、最後まで残った1匹であったが、高校1年生の時の2月6日、急性肺炎のため、あっけなく逝ってしまった。前日まで元気だっただけに、その突然の訃報は、ただただ驚くものであった。クル病を負いながら、数え15歳まで長生きしたのは立派だと思う。 →『クルコに教わったこと』も、どうぞお読み下さい。 |
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ナナ −1983(昭和58)年3月〜1988(昭和63)年8月29日− この犬は歴代の犬の中で唯一、成犬になってから他の人からもらった犬として、特異な存在である。前の飼い主が、諸事情によりナナの世話を出来なくなったことから、私の親戚が譲り受けたもの。やってきたのは85年2月2日で、間もなく2歳になろうという時であった。幸い、他の犬たちは大人しく迎え入れてくれたが、ナナ自身がなかなか馴染めず、来た当日はガタガタ震えていて、その後も飼い主や周りの人に体を触らせようともせず、警戒心が強かった。ナナはメスであったが、かつてのポチを思い起こさせる黒い毛ということもあって、私もとにかくなついてもらおうと懸命になり、欲しがるだけビスケットを与え続けた。そしたら見事にデブ犬になってしまったが、お陰で私には本当になついてくれる様になり、特別に喜んでくれる様になった。私自身も、学校でなかなか友達が出来ない中、また88年になると受験生となり、そのストレスもたまる中、唯一の息抜きとなり、慰めであった。そんな、まさにナナの存在が一番必要であった88年の8月29日、私が散歩に連れている最中に首輪が抜け、直後に道路に飛び出して車にハネられて、死んでしまった。外傷のない即死だったのがせめてもの幸いだったが、この悲劇によるショックは大きく、私も後を追って死のうかと思うほど、しばらくは立ち直れないものとなった。こちらでその事を述懐している。 |
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トロ −1988(昭和63)年11月13日〜2004(平成16)年12月21日− この犬こそは、私の青春時代を支えてくれた、私の人生を語る上で最も重要な犬である。この犬がいなかったら、私は今、こうして生きているかどうか分からないと言えるくらい、絶対的な伴侶であった。ナナが交通事故で突然逝ったのを受けて、代わりにやってきた黒柴犬。ポチから数えて三代目の黒柴である。来た当時は生後1ヶ月11日の子犬で、日付が12月24日だったことから、私にとっては生涯で最高のクリスマスプレゼントとしても、忘れられない存在になっている。出身は愛知県三河安城なのだとか。私の案がとおってトロと名付けられたが、のちに飼い主がリキと改名し、トロの方が気に入っていた私は、その後も最後までトロで呼び通した(従って本サイトでもトロでしか登場してこない)。尻尾の短かったナナに比べると、こちらはフサフサして立派な尻尾だったが、面差しはどこかナナを回顧させるものがあり、生まれ変わりではないか?と感じたりもした。成犬になり、だんだん太ってくると、なおさらソックリに思うようになった。性格は、周りの人たちの話では、クールで冷めていて、抱かれるのが嫌いという事だったが、私が来た時にはクールどころか笑顔を浮かべて喜んで、いつまでも抱かれていたから、私の時だけ反応が違っていた事になる。また、喜ぶと何故か靴を、それもわざわざ重たい靴を加えて走り回り、部屋の適当なとこに置くという変わったクセがあった。ジャンプ力がものすごく、しかしその反動か、晩年、後ろ足が踏ん張れないようになっていった。右足で、左に開く戸を開けることは、内側からも外側からも出来ていたのだが、反対の足ではダメで、完全に右利きであった。外側から戸を開けられた犬は、トロだけである。8歳だった1996年の末頃、夜の散歩中に放し飼いの大型犬に襲われ、私が必死に抱き上げて家まで走り帰るも(それも途中車道を横切って)、襲った犬を追い払おうとした私が手を噛まれ、かなり傷口が開いてしまった。そのため急いで市民病院に行ったが、40分待ちと言われて、結局2時間待たされるというハプニングもあった。とにかくいつも『え〜顔』で、最後は白内障で目が見えなくなりながらも、必ず私を迎えてくれた。辛い青春時代の癒し役を一手に引き受けてくれていたトロも、16歳1ヶ月で遂にこの世を去った。死後1ヶ月経った日に公開した追悼文がこちらから、そして三回忌を記念して投稿した回想記がこちらから、それぞれご覧いただける。 |