| 回顧:鹿島鉄道乗車 (1日目) 撮影:2007年2月11日 ※右側の画像をクリックすると次に進みます。 |
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鹿島鉄道の起点、石岡駅です。いきなり渡り通路が写っています
が、JR石岡駅と一体となっていて、改札を入ってから鹿島鉄道の
駅に分かれていくという構造なので、この様なショットとなりました。
『ようこそ鹿島鉄道へ』、しかしこの文言も、もう見られません。 |
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鹿島鉄道石岡駅ホームと、時刻表です。昔ながらの、
レトロな手書き調の字体の時刻表でした。待合室も、
いかにも古びた感じで、懐かしいですね。 |
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路線図です。このサイズの画像では少し見にくいですが、
終点まで、所要52分でした。ちょっとした、“鈍行の旅”です。 |
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さて、構内の車庫で待機する車両に、目を移します。手前は
元加越能鉄道のキハ432。1957(昭和32)年製で、かつて
大流行した『湘南型スタイル』を今に伝える、貴重な生き残りでした。
向こう側の車両は、車体が大幅に更新されているために、手前の
車両より新しく見えますが、実は戦前製という、日本最高齢の
ディーゼルカー(気動車とも言う)でした。 |
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右側の車両は、元夕張鉄道の車両で、キハ714形と呼ばれて
いました。1953(昭和28)年製で、運用は毎月1回土曜日のみと
なっていました。あいにく私がいた日は土曜ではありませんでした。 |
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キハ714の側面です。いかにも昭和20〜30年代という様な、
味のある格好です。窓と窓の間隔がやや広いのは、北国の
北海道で走るための設計だったからだと思います。 |
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列車が来るのを、今か今かと待っていたら、やってきたのが
この車両でした。3枚前の、キハ432と同型の、キハ431。
「おお!一発目はこれに乗れるんだ!!」と喜んだのも
束の間、この後回送になって、入庫してしまいました(悔)。 |
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結局私が乗る列車となったのはこの車両。KR-500形と言われる、
最新鋭の車両です。平成時代になってから誕生しました。旧型車が
来ることを期待していた私としては、ちょっぴり残念でしたね(^^;。
前面に、☆マークの電飾が付けられています。廃止が近付いていた
この時期、惜別を記念してのものでしょう。なお、この画像は、
終点の鉾田駅に着いてから、撮影したものです。 |
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最新鋭車の車内ですが、車内にもこのように、天井一面に電飾が
なされていました。惜別ムードを盛り上げようと、全社を挙げて
力を入れていたことが覗えますね。 |
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ズラリと同じ車内広告が貼られていましたが、内容は
『鹿島鉄道応援ソング』。なんと!歌まであったのですね。 |
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前方の眺めを見る。ここはまだ石岡駅からさほど遠くないため、
周囲には家も見えます。しかし終点近くになると、ひたすら
雑木林のトンネルを抜けていくような路線となり、典型的な、
ローカル線の風景となっていました。 |
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こちらは進行方向左側の車窓風景。西陽の演出で、車両の影が
長く向こうに延びています。一面田んぼが広がる、のどかな風景
ですね。向こうに見える、一見古墳らしき物は、何なのでしょう? |
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前方に見えるのは霞ヶ浦です。実に美しい、霞ヶ浦の夕陽を
撮影する事が出来ました。こんな美しい景色を、この鹿島鉄道
からは見れたのですね。つくづく、無くなったのが惜しいです。 |
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もう1枚夕陽の画像を。たまたま地平線に太陽が沈む、その
一番良いタイミングに、この地点の通過時刻が重なった事を、
心から幸運に思いました。夕陽に照らされて、ビニールハウス
の反射も、また美しいですね。印象に強く残りました。 |
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運転席部分を撮影です。外は民家もまばらに。
『石岡⇔鉾田』の表示が見られるのも、あと僅かでした。 |
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終点、鉾田駅にて。正面に、太陽のような形の電飾がなされて
いますが、反対側の正面は先ほども登場してきた☆で、両側で
それぞれ違う形の電飾を施していたのですね。凝っています。 |
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終点、鉾田駅の、駅名表示です。この、昭和の香りが漂う字体が、
何とも言えません。相当な年季を感じさせますね。 |
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鉾田駅の駅舎。開業は1929(昭和4)年で、78年の歴史が
偲ばれる、原型に近い駅舎でした。 |
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駅舎内部。正面が改札口ですが、何とも簡素ですね。ここでも
存分に『古さ』・『懐かしさ』を感じました。出来るものなら、
一つの“建造物遺産”として、保存してほしかったですね。 |
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駅舎を正面にして、左側にタクシーの営業所がありました。
『鉾田駅前タクシー』と書いてありますが、果たして鉾田駅が
消えた今は、どうなっているのでしょうか? |
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最新鋭のKR-503正面です。空が完全に暗くなって、電飾が
より一層、きれいに映える様になっています。鉄道廃止にともな
って、僅か15年ほどの活躍で廃車になってしまった車両も
いるわけですね。もったいない話です。 |
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反対側の正面。これは富士山を形どっていますね。本当に各車両
電飾の形が違って、見事だと思いましたが、ここまで芸の細かい
『惜別行事』をやったからには、それだけ名残惜しさも強いという事
ですね。左には、『かしてつ(鹿島鉄道のこと)を救え!」と書かれた
横断幕が掲げられているのが見えます。子どもが作ったのでしょう
か?“かしてつ”は、子どもたちの思い出も運ぶ存在でした。 |
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これは先ほども少し出てきましたが、戦前製のディーゼルカーです。
キハ600形と呼ばれるこの車両は、正面から見ている限り、そんな
に古そうには見えないのですが、それは1972(昭和47)年に大幅に
リニューアルされたためで、実際には1937(昭和12)年製という、
実に70歳の、日本最古のディーゼルカーだったのです。確かに、
傍に立っていて、漂ってくる匂いとかに、古さを感じました。 |
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鉾田駅で待機中の、キハ602です。扉や窓並びなどに、時代を
感じます。非常に貴重なディーゼルカーの生き残りで、鉄道廃止
による引退は、惜しまれるものがありました。なお、このキハ
600形は、元国鉄(現JR)の車両で、07形と呼ばれていました。 |
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キハ602車内。木張りの床、ズラリと長いシート。往年の通勤
車両の面影を感じます。風格がありました。 |
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乗務員室です。円状の、ハンドルの様な操作器が懐かしい・・・・。 |
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ボッコリ大きいボックスになっているのは、冷房装置です。
車齢70年という『大老』でしたが、冷房化はなされていました。 |
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キハ602のドアです。鉄道でもバスでも、古い車両のドアでは、
将来窓ガラスをはめ込む事を想定しているかの様な、『縁取り』、
または『型取り』がされている物が多く、、これがマニアにとては
たまらなく魅力的に映っていました。キハ600形は2両あり、
これが602号車だったのですが、もう1両の601号車は、ドアが
ステンレス製の新しい物に更新されていたため、古い味一杯の
このタイプのドアは、602号のみでした。 |
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石岡に到着したキハ602。この日のお勤めは、これで終了でした。 |
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JRのホームから見た、石岡駅。夜間には、駅ホームも、電装が取り
付けられていました。因みにホームの手前部分は何もない地面にな
っていますが、恐らくかつてはレールがあったのだろうと思われます。 |