| 弘前→恐山→盛岡→日光旅行 [その4] | 撮影:1994年7月29日 |
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前夜、盛岡に到着。その日はホテルに直行して、一夜明けたこの日、盛岡駅を撮影しました。ベージュ貴重のなかなか落ち着いた色の駅舎。2階ホームの手前に見えるのは、新幹線です。やはり新幹線が停まる駅ですから、『ロング』です。盛岡は、仙台に次ぎ、東北地方では2番目に大きなターミナル(県の中心駅)だと思います。 次の写真へ |
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上の写真から右向け右をして、駅前から延びるメインの通りを撮影しました。左にバス乗り場が写っていますが、その後ろ側の歩道、見れば結構広そうですね。当時はまだ学生で、バリアフリーという事には興味も無かったし、言葉自体聞いた事がありませんでした。そういう状態で撮った写真を、12年一回り経って、全然違う視点で眺められるというのも、面白いです。 次の写真へ |
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盛岡城跡がある、岩手公園です。冬になると、夜にはライトアップもされるこの石垣部分、お城の跡らしい光景です。この写真、右手前の街灯ポールが邪魔ですね。もう少し位置を考えて撮るべきでした。今ならそのあたりにも神経を配るでしょうが当時はやはり、未熟だったのです(今も完熟していませんが・・・・)。 それにしても、この公園手前の道の歩道も、車道との合流地点は極めて緩やかで、歩道面全体がかなり低く、車いすでも通れやすそうになっています。早くから、バリアフリーを意識していたのでしょうかね? 次の写真(3枚)へ |
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岩手公園の中です。上の写真、堂々たる墓石が建っておりますが、 果たして誰の墓なのでしょうか? 真ん中の写真、夏場のこういう景色は、清涼感があっていいですね。下の方に写る橋が、アクセントとなっています。 そして下の写真、画面左下の方に、扉のようなものが写っていますね。その左側ですが、この写真では全然見えませんが、実は『ホタルの壁』と書かれた案内板が掲げられています。 次の写真へ |
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岩手公園から市街地に戻ってきたのですが、具体的にどの辺りかはちょっとよく記憶していません。いきなり路地に鳥居が建っていたので、珍しくてシャッターを押したのだと思います。鳥居の向こう側に、大きな建物が僅かに写っているのですが、市役所でしょうか? 次の写真へ |
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再び盛岡市街地です。手前には、客待ちのタクシーがズラリと並んでいます。そして反対方向へ進んでゆくバスも写っていますが、この形、懐かしいですねぇ。まあ興味のある人しか分からないだろうとは思いますが、昔は全国色々な所で見られた、いすゞのモノコック車両です。この頃、既に貴重な存在となりつつあり、私も1回だけでしかも短い距離ですが、乗りました。走行音もなかなかレトロなものがあったと思います。 次の写真(2枚)へ |
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こちらは岩山展望台です。天候もまずまずで、いい景色を堪能しました。上の写真は展望台そのものを入れたアングルですが、下は盛岡市内を一望した風景を収めています。ここは『啄木望郷の丘』とも呼ばれており、当地出身の有名歌人、石川啄木を記念した丘として、盛岡の主要観光地となっています。 次の写真へ |
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こちらが啄木の石像です。僅か26歳の若さで、病のため、帰郷の夢も果たせずこの世を去った啄木が、石像となり歌となって、故郷の街を見下ろしています。地元ではこうして、いつまでも語り継がれます。私も高校生時代は、短歌や俳句を書く職業に憧れを抱いていたものでした。よく朝日歌壇や朝日俳壇に、作品を投稿した思い出があります。 次の写真へ |
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盛岡で半日を過ごした私は、夕方、新幹線に乗って宇都宮へと移動しました。写真は待機中の東北新幹線です。東海道・山陽新幹線になら何度も乗った事がある私ですが、東北新幹線に乗ったのは、今のところ、この時1回きりです。停車中の車両はパイオニアの200系ですが、初代新幹線の0系の流れも組むこの200系も、今となってはなかなか懐かしい存在です。途中、仙台を経由しましたが、下車はせず。従って、宮城県と、その隣の福島県は、新幹線で通っただけの県となっています。 その5へ進む その3へ戻る |
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