| 愛・地球博跡地訪問 撮影:2006年7月18日 ※右側の画像をクリックすると次に進みます。 |
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リニモの起点、藤が丘駅です。愛・地球博開催中は、巨大な
体育館の内部か集会場の内部のような空間が広がっていた
この場所。新しいビルが建設中でした。そして画面右端に、
小さく『藤が丘駅』と書かれている建物があるのが見えるで
しょうか?それがリニモ乗り場の入口となっていました。もう
普通の、地下駅への入口となっていた分けですね。 |
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リニモの藤が丘駅ホームです。整理員が忙しく乗客をさばいて
いた光景がうそのように、ひっそりとして誰もいませんでした。
また、開催中は『万博八草』方面と表示されていたのが、
現在では『八草』方面となっております。 |
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リニモ車内。座れたら奇跡というくらい大混雑していた開催中は、
このようにじっくり車内を撮影出来るなどとは、考えられない事
でした。改めて、こういう車内だったわけですね。何だかとても
広く感じました。見事に誰も乗っていません。 |
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リニモの運転室です。無人運転なわけですが、何だか
これも独特ですね。運転室も、初めてじっくり見ました。 |
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愛・地球博記念公園駅に到着しました。元の万博会場駅です。
開催中、最もメインだったこの駅は、ひっそりしていました。
いずれ年月が経てば、また『回顧:愛・地球博』として、『万博会場』
時代のこの駅の写真が、どこかで展示されたりするのでしょうね。 |
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さて、下車して改札口を出ると、通路に貼られていたのがこの
張り紙。『祝 愛・地球博記念開園、7月15日』。そう、記念公園が
開園したのは、これより僅か3日前だったのです。だから、まさに
これからですね。大阪の万博公園の様に、自然も豊かで、年中
人々が集う、県民の憩いの場になっていってほしいものです。 |
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愛・地球博金公園駅の出口前なのですが、見た瞬間、「おや!」
正面が、すぐ突き当たりになっていますね。実は開催中は、
そのまま向こうにまっすぐ下りれる様になっており、北ゲートへ
続くエスカレーターが延びていました。今では、その部分が完全
に撤去され、前方も行き止まりになっているのですね。 |
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外から、記念公園駅全景を撮影しました。手前の緑地帯になって
いる辺りまで、開催中は駅出入口の範囲になっていました。
特に会場からの帰りの時間帯は、ちょうどこの辺りがリニモに乗る
人たちで長蛇の列となり、「ようやく駅の入口の縁に辿り着いた。
さあ、ここからホームまで何十分かかるだろう?」と思っていたもの
でした。その光景をよく覚えているだけに、現在の駅前風景を見る
と、随分駅が向こうまで下がったな、という様に見えてしまいます。 |
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リニモの駅前から、八草方面を望みます。ちょうどこの地点も、
駅の入口となっていて、テントが張られていました。今では
ここでも少し写っている様に、広い歩道へと変わりました。 |
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一つ上と一つ左の画像を、少し違う角度から撮ったショット。現在の
記念公園駅の出入口は、この様に、左右両端にそれぞれ2ヶ所と
なっており、レールに沿う格好で、長い通路があります。この位置は
正に北ゲートだった部分で、40分も並んだのち、ようやく辿り着いた
入場口が、ちょうどこの辺りでした。本当によく並んだものです。 |
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ちょうど、元の北ゲートの中央部分に、愛・地球博記念公園の
石碑が建てられておりました。まだ造られて間もない、新しい香り
が漂う石碑。いずれは歴史を刻む石碑になっていく事でしょう。
愛・地球博では、太陽の塔の様なシンボル的建造物は存在
しなかったため、この石碑が、公園のシンボルになりそうです。 |
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左画像の石碑を、左後ろ方向(リニモの駅の東出口)から
撮影しました。ここが、あの人・人・人だった北ゲートで、整備員の
アナウンスも絶えなかった場所だとは、本当に信じられない
ものがありました。この、極めて短期間で味わう『時代のギャップ』
というのも、大型博覧会が演出するもう一つの顔ですね。 |
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今度は向かって右後ろ方向から石碑を撮影。この場所は
まさに、リニモに乗るために30分以上並んでいたところです。 |
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左画像より、さらに西(右)側から同方向を撮影。激しく降りつける
雨が、博覧会のちの寂しさを、一層際立たせていた様な気がします。
人で埋め尽くされていた時は狭く感じた北ゲートも、こうして
改めて見ると、相当に広いのですね。 |
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この位置は、元は北ゲートを囲んでいた壁の向こう側、つまり、
会場の内側に位置するのではないか?と思います。
何やら、仮設のバスロータリーのようになっており、シャトル
バスが行き来していましたが、行き先は未確認です。 |
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北ゲートの西側、ちょうどリニモの駅の右端部分です。
私が並んでいたのは、右端の列だったので、まさにこの辺りと
なるでしょうか?歩道に整備され、植樹がなされていました。 |
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これはちょうど、リニモの駅から外に出てきたところで
発見した看板です。『サツキとメイの家』と書かれて
いましたが、何かイベントでも行われたのかな? |
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ここからいよいよ会場跡地です。先ずこちら、ちょうど北ゲートを
入った直後のコンコースだった所ですが、工事用のコーン以外、
何も無い更地です。いかにも、何か大きな会場の跡地といった風景。
本当に、ここに博覧会の会場があって、いろいろ建っていたのか?
と疑いたくなるくらい、殺風景で、何も無い景色が、目の前に
広がっていました。まだ公園としても未整備な段階だった、この時の
会場跡地だけに、その後、どう変わったのかも楽しみなところです。 |
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さてこちら。見渡す限りの更地で、な〜んにもありません。
方角的にはちょうど、あの真っ赤なワンダーホイール観覧車や、
私自身も行った、JR東海超電導リニア館があったところになるの
ですが、本当に、無残とさえ言いたくなる風景。雨による水溜り
があちこちに点在しているのと相まって、言葉は悪いですが、
廃墟の街を連想してしまう眺めになっています。ただ、現在は
この時よりも、大分風景は変わっていると思います。記念公園
として更に整備されたその後の姿も、追ってレポートしたいです。 |
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左の画像より、90度左方向となります。目の前に土砂の小山が
2つ並び、その右には作業用トラックとブルドーザーがありますね。
本当ならこの日は平日だし、作業をしていたのでしょうが、あまりの
悪天候に、中止になったのだと思います。画像の範囲には、先ず
すぐ前にグローバル・ループが延び、その向こうにロータリー館や
迎賓館が、さらにトラックがいる方角の向こうには、オーストラリア
館やマレーシア館、フィリピン館といったパビリオンが建ち並んでい
ました。本当に、地図で照合しない事には、全く分からないですね。 |
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この画像、見渡す限りの、『一見廃墟』の風景の中に、ポツンと
建物が残っています。これはグローバル・ハウスだった建物。
これだけまだ取り壊されずに残っているのか?と、この時は思い
ましたが、実はこの建物、元々アイス・スケート場と温水プール
があるスポーツ施設だったそうで、今後は元の姿に戻るという事。
つまり、愛・地球博のパビリオンとして新たに建てられたのでは
なかったという事なのですね。そもそも会場自体も、もともと
愛知青少年公園という公園だったそうだし、愛・地球博前の姿が
どんなのだったのかも、大変興味深いところですね。 |
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これも見渡す限り水溜りだらけの更地にブルドーザーという、
一見末期的な風景なのですが、左画像とちょうど反対方向で、
ちょうど愛・地球広場やカナダ館、インド館などがあった方角です。
こうして見ていると、本当に愛・地球博という大イベントが、何か
10年以上も前の事であるかの様に錯覚してきます。きっと、
大阪万博の後も、跡地を訪れた人は似たような感覚に陥って
いたのでしょうね。大阪の時の方が、盛り上がりも凄かったし。 |
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会場跡地、最後の1枚は、北ゲートの西端部分です。左側
には木が植わっていて、その後ろにフェンスがありますが、
もともとこの位置には大きな壁面があって、愛・地球博のロゴと
モリゾーとピッコロ。それに『EXPO2005 AICHI JAPAN』
と書かれた文字が張られていました。そして整備員が
最も多く集まり、行列を見守っていた辺りです。 |

愛・地球博北ゲート&会場跡地を見物した私は、そのまま
リニモに乗り、反対側の終点、八草に向かいました。もちろん、
空いていてすぐに乗れたのは言うまでもありません。この画像は、
間もなく八草に着こうとするリニモ。前方に駅が見えますが、
強い雨で窓ガラスは視界がよく利きません。それでも自動運転
だと、全然問題にはなりませんね。しかしこうして見ると、本当に
子どもの頃イメージしていた、未来の乗り物そのものです。 |

八草駅に到着しました。開催中は、万博八草でした。2回目の
愛・地球博の時は、この駅を利用して帰りました。藤が丘経由より、
遠回りにはなるが空いているというのが、理由でした。 |
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最後の1枚は、愛知環状鉄道の八草駅です。普段の八草駅は、
人も少なく、ローカルな雰囲気でした。愛・地球博開催中は、実に
10両編成の列車がどんどん行き来し、都会の主要駅のような
様相を呈していたものでしたね。すっかり元に戻った八草駅です。 |